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第2回 「自主・独立を旨として」

社会福祉法人 京都国際社会福祉協力会
理事長 所 久雄(第53回卒業)


所 久雄 昭和26年4月、私は更級郡大岡村(聖ヶ岡・現長野市)から普通科第7組(担任土屋文雄先生)に入学させていただいた。同級生の殆どがそうであったように、大岡から初めて深志高校入学を期待されながら果たせず、応募期間がある松商学園の二次募集に参加したのであった。応募者数270数名、合格者50名の発表であった。私の人生は中学3年卒業にして、はや挫折経験からの出発でありました。75歳を過ぎて、しみじみと感じていることは松商学園に学ばなかったら、今迄の私の人生は無かったように思います。

☆人生の岐路―部活を通して―

人生の岐路―部活を通して 山村の農家の次男は猫の尻尾(しっぽ)といわれ、長じて家を出て行くのが当たり前として育てられました。出発点でつまづいた者にとって、級友や部活は心のよりどころでした。弁論部では卒業後日本電機(NEC)で後に全電労連委員長になった田村君が同期でした。
  毎日昼休みに玄関上の部屋から聞こえて来る讃美歌の歌声が私を捕らえました。宗教部の活動です。川上賢昌君、坪川恵美君と参加しました。そこでは毎日聖書が読まれ、讃美歌が歌われ、時々内川千治先生、関屋綾子先生、学期一回ぐらい飯島校長の感話を聞きました。立身出世や金持ちになることだけが人生じゃない、もっと心の世界を拓けといわれているようでした。内川先生の紹介や大先輩柳沢よしたね先生(当時腹話術や手品で読売テレビで番組を持っていた)の導きで日本キリスト松本教会に出席するようになりました。牧師は和田正先生(京大卒後、戦中中国奥地熱河に伝道された。私共の卒業後、松商学園で英語も教えられた)、信州教育界の元老、手塚縫蔵先生に導かれて、高校2年のクリスマスに洗礼を受けました。松商先輩で身障者の詩人、島崎光正さんや後に長島愛生園医師になった橋爪さんが喜んで下さったことを今も忘れることが出来ません。部活が出発で、東大総長南原繁先生、後に同じく東大総長になられた矢内原忠雄先生の説教をそのひざもとで聞くことが出来たのです。両先生共に内村鑑三の流れを汲む無教会派の方々ですが、権力を手にしつつも、決して権力者にならない精神の立脚点を教えられました。  高三になって心は決まっていました。私を同志社大学神学部に導いて下さったのは内川先生で、先生こそ私の人生の恩師であり、助言者、後援者でありました。

☆人生は出会いである

人生は出会いである 内川先生は私達と同じく昭和29年3月に松商を去られて、協同乳業創立に参加、東京に移られました。先生の奥様は履代名校長といわれた米沢武平先生の長女で大変よくしていだだきました。卒業してはじめて、先生の持たれた識見の広さ、深さそれに人間関係の広さに驚かされました。賀川豊彦先生(牧師、日本における農協をはじめ消費生協の唱道者労組や社会運動の指導者)に紹介され、神学が単に教会という狭い枠組にとらわれない全人類を対象とする学びであることを聞かして下さいました。湯浅八郎(生物学者、同志社総長、国際キリスト教大学初代学長)先生の自宅まで連れて行って下さり、バーナード・リーチ(英国人民芸運動家、河井寛次郎、浜田庄司の友人)にも会わせて下さった。同志社で6年学んで、芦屋市の教会で牧師見習いを3年いたしましたが、内川先生の教え子ということで、かつて大阪教会副牧師であった先生を知る人も多く本当に大切にされました。一晩、先生のことを話せというので大阪商船社長宅に招かれたこともありました。 人生は出会いであるといいますが、一つのよい出会いが、また次の出会いをつくってくれることを身をもって経験して来たように思います。牧師として上鳥羽教会で13年働いた後、牧師再教育の機会を得て、スイス・ジュネーブにある世界教会協議会(W.C.C)の研究所で一年勉強、続いてイギリスで半年実習させてもらいましたがバーナード・リーチを知ることで、また多くの人々と交わることが出来たことも私の人生を豊かなものにしてくれました。内川先生、80歳を超えられた時、今度は私が先生を案内して、ヨーロッパ各地を旅したこともなつかしい思い出です。

☆自主・独立を旨として

自主・独立を旨として 去る2月5日、大阪で関西松商同窓会が開かれました。若い婦人の同窓生が、松商で何を最も大切なものとして学びましたかとたずねられました。私は直ちに、自主・独立の精神ですと応えました。スイス東アジアミッションという宣教団体が京都にあり、70年安保の頃、過激派に乗っ取られるというので、助けたのが縁で、スイス・京都国際社会福祉経験交流事業をめざす法人・京都国際社会福祉協力会を結成、理事長となりました。38歳の時です。それ以来、スイスに頼るのではなく日本人として自主・独立の事業を起こし、スイスをはじめ諸外国と協力する事業を模索して参りました。基幹は障害者福祉領域です。障害が如何に重くとも、自主・独立を最大の尊厳として、共に働く施設(リサイクル事業など)を10ヶ所開設し運営に当たって来ました。事業はまだこれからです。本当の国際交流が実現できたら、世界はもっと平和になると信じています。多くの人々は事業には金が必要であるといいます。勿論、その通りですが、それ以上に必要なものは精神であると思います。無一物の貧乏教師が独りで事業など出来る筈がない。無私の精神、神の愛の実現を願う想いを多くの人々が支援して下さった。「おかげさま」ということが少しずつ解る歳になりました。自主、独立は数知れない多くの人々の支えで達成されていく、その為にもぶれない精神を維持していくことを松商学園で若き日に知ったことは生涯の財産であると思っているこの頃です。

以上



プロフィール
氏名 所 久雄
生年月日 昭和10年6月23日(53回卒生)
学歴
昭和33年3月  同志社大学神学部卒業
昭和35年3月  同上修了 神学修士
他ジュネーブ大学 世界教会会議(W.C.C)研究所・ニューヨーク州立大学福祉学部大学院 等に留学
職歴
昭和35年4月  日本キリスト教団芦屋打出教会担任教師に就任
昭和48年2月  チューリッヒ京都福祉交流事業 社会福祉法人
           京都国際社会福祉協力会 設立 理事長就任
昭和48年10月 京都国際社会福祉センター 所長就任
           京都市のぞみ学園(精神薄弱者授産施設)園長就任
平成元年4月   京都府社協・人材研修センター運営委員 現在任中
平成10年4月  同志社大学院 障害福祉特講 講師 〜平成16年3月
業績
福祉関係分野
共著 「各国の社会福祉」
   全国社会福祉協議会
   「スイスの社会福祉」分担執筆

   「老人障害者の心理」 ミネルヴァ書房 共著分担
   「よくわかる発達心理」ミネルヴァ書房 共著分担 他、論文、学会発表等多数


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